この曲はB'z作品の中で唯一松本が作曲をしていない1曲。だからといって当時は"松本らしさ"がなかったので、他収録曲とクオリティーは変わっていない(悪い意味で)。
この記事の概要
- 「孤独にDance in vain」のみんなの評価は?
- 「孤独にDance in vain」とは一体どういう曲なのか?
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B'z/1stアルバム収録曲「孤独にDance in vain」
そもそも「孤独にDance in vain」って?
B'zが1988年9月21日に発売した1stアルバム『B'z』の収録曲。
この曲はB'z作品の中で唯一松本が作曲していない1曲である。
同収録アルバムの「Nothing To Change」も稲葉が作詞をしていなかったりと、1stアルバムの制作がいかに手探り状態だったかがうかがえる。
>>>稲葉が作詞していない唯一の曲「Nothing To Change」~歌詞の意味とは?【歌詞解釈】
ちなみにこの曲を作曲した人は大槻啓之。
当時の松本は「ロック」と「打ち込み」の融合を目指していたらしいので、おそらく大槻啓之に「ロックで打ち込みの曲を」と頼んだはず。
そのためこの曲も例に漏れなく初期らしい古くさい1曲に仕上がってしまっている。
ただ、個人的にはこの曲は歌詞がすごく面白いと思っている。
当時の稲葉の悩みが存分に描かれているのだ。
どこか鬱々しさもはらんでおり、デビュ-当時から『マグマ』の鱗片を見せていたことがわかる。
>>>【稲葉 浩志 ソロ】暗いけどウルトラ名盤な1stアルバム『マグマ』【アルバムレビュー】
ひとこと
こういう古くさいメロディって当時の流行りだったのだろうか
「孤独にDance in vain」のみんなの評価は?
ひとこと
松本の曲じゃないにしても、デビューアルバムの収録曲だから当時は作曲が誰であれ関係なかったのかもね
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ここからは管理人の「孤独にDance in vain」独自解釈!
【孤独にDance in vain/歌詞解釈①】営業に対する嫌悪感
「孤独にDance in vain」はけっこう悲しいネーミングでもある。
"in vain"とは日本語で"無駄に"という意味。
つまりタイトルをかみ砕くと「孤独に無駄なダンスをする」という意味なのだ。
どんなダンスだよ・・・と思ってしまうが、これは"あること"の暗喩になっていると私は解釈している。
その"あること"とは・・・・・"営業"である。
当時のB'zはライブは行っていなかったが、ヤマハのモニターを務めていた松本が「ギター・セミナー」を開催し、セミナー後には同行していた稲葉とともにB'zを披露するキャンペーンがあった。
このような営業をこなしていく上で、稲葉は「こんなことやってに無駄なのでは・・・」と思ったはず。
その想いがこの「孤独にDance in vain」に詰め込まれている。
例えば次の引用した歌詞を見てほしい。
いつもどおり"今夜かぎりのParty" 気がつけば くりかえしに 目が回るよ
"くりかえしに目が回る"だなんて、当時の稲葉は相当営業に対する嫌悪感があったことがわかる笑。
ひとこと
B'zにも下積み時代の苦労があった
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まとめ
当時の営業に対する嫌悪感を"Dance"という言葉を借りて遠回しに描いた1曲。
稲葉にとってはデビューしたてだったこともあり、様々な葛藤があったに違いない。
1stアルバムは基本的にお粗末な出来の曲ばかりだけれど、この曲のようにデビューしたての稲葉の葛藤を知るという点では楽しいアルバムでもある。
ひとこと
B'zが営業をしてただなんて今では考えられない・・・